岩内町郷土館ブログ

岩内町郷土館でのイベントやお知らせ、
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ひとりごと100年と、45年を遡る茅沼炭鉱の残影

 この炭車レールが発見されたのは、今から45年前、昭和43年のことでした。

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 当時は「共和村泊炭山」として採炭されていましたが、その旧坑道で「100年前の茅沼炭鉱の炭車レールと、ダイナマイトを装てんするためのカナヅチが発見された」と、発見当時の新聞で報じられています。そして「貴重なヤマの歴史を、来年建設予定の岩内郷土館に寄贈」すると伝えられています。

 日本初の鉄製軌道は、安政、明治の初頭にここ岩内で実用化され、昭和を経て、現在はガラスケースの中でひっそりと横たわっています。ちなみに、この発見のすぐのちに炭鉱の採炭は中止、のち閉山となりその歴史は幕を下ろしました。
 

posted by 岩内町郷土館 at 2014年04月22日14:54 | Comment(0)

ひとりごと竹久夢二の原画と筆跡

 当館に入ってすぐ正面右手に、美人画で有名な竹久夢二の原画が展示されています。

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 岩内町にゆかりのある作家、長田幹彦は祇園小唄の作詞や小説「澪」などで有名ですが、夢二はその作品に表紙絵や挿絵をいくつか寄せています。ですがこの表題「朝寝髪」という作品は、不思議なことに実際にはどこにも残されていません。
 この原画には、印刷所への指示などが書き込まれており、筆跡は夢二本人のものであると確認。大変珍しいものと思われます。今もなお人気の高い竹久夢二の美人画。是非ご覧になってください。

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 作家 長田幹彦の遺品も展示されています。




posted by 岩内町郷土館 at 2014年04月17日15:13 | Comment(0)

ひとりごとその昔、岩内でもレンガが作られていました。

 写真は、明治時代に岩内で生産されたレンガを使った、「新井田番屋」食料蔵の妻壁(つまかべ)の部分です。

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 岩内の西端にある新井田家は、現在も漁業を営んでいます。屋号を「のじめ(ノ〆)」と呼びますが、珍しいのは「〆」の部分が逆さの逆ジメとなっているところ。全体で末広がりの八の字型になっています。

 岩内のレンガ製造は、明治20年代から大正にかけて行われていた記録があります。現在の岩内神社境内に、最近までその跡があったそうですが、今は土地が整備されてすっかり無くなってしまったということです。

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posted by 岩内町郷土館 at 2014年04月15日14:48 | Comment(0)

ひとりごと前に見た風景

4月初め、東北観光祭の幕開けと同時に東北4県を4人で廻ってきました。
太平洋沿岸各地域の悲惨な状況を目の当たりにして、しかも、ほとんど復興の兆しが感じられない
光景に言葉を失いました。
そして、やけに海が近く見えるこの風景はどこかで見た景色だな、と思いました。
そうです、昭和29年9月27日の早朝、中学3年生だった私が見た岩内町の光景です。
前日の26日、夜8時過ぎ町はずれのアパートから出火した火が折からの台風15号の強風にあおられ、町の8割、3,300戸を焼き尽くし、死者35名、行方不明3名を出した岩内大火の直後の景色です。
同日、青函連絡船洞爺丸が沈没して、死者1,155名も出した海難事故の陰に隠れて世間の耳目をあまりひきませんでした。政府をはじめ各方面からの援助も今ほどではありませんでした。
しかし、それから1年後岩内はみるみるうちに復興し、3年後には16の公園を持つ、近代都市に生まれ変わりました。
何故、復興がはやかったのでしょうか?それは次回に譲ります。

posted by 岩内町郷土館 at 2012年04月29日10:08 | Comment(0)