岩内町郷土館ブログ

岩内町郷土館でのイベントやお知らせ、
岩内町に関する情報や岩内町の様子などを発信しています。

ひとりごとかまぼこバーガー うまい!

 町内御崎にある老舗「吉田かまぼこ」さん(郷土館ご近所です)で新発売の「かまぼこバーガー」、
いただきました! うまいです!

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 深層水パンで人気のサンライズベーカリーのパンとの、豪華なコラボ。チーズたっぷりの魚ロッケ(?かまぼこコロッケ)が意外な歯ごたえで斬新! 創業110年あまりの歴史を持ちながら、常に新しい話題でいっぱいのお店です。
 郷土館見学のあと、ぜひ寄ってみてくださいね!(r)

posted by 岩内町郷土館 at 2016年05月12日16:57 | Comment(0)

ひとりごと岩内神社の資料室を見学

 晴れたり荒れたり、不安定なお天気の合間、以前より念願の「岩内神社資料室」の見学に行ってきました!

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さくらのピークをちょっと過ぎましたが、この美しさ。第一鳥居です。

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 中心に展示されるのは、明治29年制作、平成3年まで使われていた御神輿。
他にも町の歴史に深く関わりのある、神社の資料がたくさんあり、およそ1時間ほど、ゆっくり見て来ました。
 200年という時の重み。たいへん見応えがありました。
 社務所をの方に声をかければ、見学させていただけるようです。

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 忠魂碑の裏手から見えたこんな景色。池の水面をびっしりと緑色のコケが覆っています。
 ナウシカか、もののけ姫が出てきそうな…。(r)


posted by 岩内町郷土館 at 2016年05月07日10:54 | Comment(2)

ひとりごと春先の気になるまちかど(その2)

 町内、相生の一角にある小さなお社。草が大きくなると全く見えなくなりますが、この時期見られます。

 なぜこんなところに? ちなみに、このあたりは古い地図で見ると以前川があった場所のようです。
 どんな由来があるのでしょうか。不思議です!!!

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posted by 岩内町郷土館 at 2016年04月20日17:23 | Comment(0)

ひとりごと春先、町の中の気になるもの

 雪解けがすすみ視界もよくなり、なおかつ草がまだボーボーと出てこないこの時期、町のいたるところにいつもは隠れて見えないものが現れます。
 写真は、野束川流域、日本アスパラガス工場付近、住宅街の一角にこんな空間があります。

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 夏は草に隠れて見えませんが、大きく、荒けずりな石灯籠がひっそりとたたずんでいます。
 この付近は、その昔梅沢別荘の「抱鸞荘」があったところ。通称「遠い別荘」。
 昔の人は遠足などに利用されたようです。

posted by 岩内町郷土館 at 2016年04月14日14:23 | Comment(0)

ひとりごと春のお花がいつの間にか咲いてました。

 郷土館の東向きの窓からふと見ると、空き地の一角に春一番の花、スイセンがたくさん!

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 つい先日、急に雪が来て冷え込んでいましたが、お花を見るとほっとします。周囲はまだまだ枯れ野原、空模様もグレイですが、日に日に暖かくなっているようです。

 お散歩がてら、郷土館に寄って行きませんか!

posted by 岩内町郷土館 at 2016年04月13日13:25 | Comment(0)

ひとりごとアスパラの親下田喜久三博士は、何カ国行った?!

 先日、岩内の観光ガイドさんたちの集まりで「ところで、アスパラの下田博士はどこからアスパラを仕入れてきたんだろう?」との話になりました。日本のアスパラのはじまりはここ岩内。知らないでは困ります。

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 正解は、アメリカ種とドイツ種。ふたつをかけあわせて日本独自の「瑞洋」というアスパラを産みだしました。岩内ネタ暗記、必須です。さらに、アスパラ研究のため、下田博士が大正時代に洋行してきたのですが、さてどこのお国へ? と思い展示のコーナーを見ていたら、ビザにはなんと十カ国以上の国名が……(一部読めない国名あり)。改めてびっくり。
 勉強不足でした〜。(r)

posted by 岩内町郷土館 at 2015年11月01日16:54 | Comment(0)

ひとりごと梅澤別荘は、ふたつありました。

 町内では「近い別荘」と呼ばれている神社入口の「含水園」。古い写真がたくさん残っているのですが、これもそのひとつ。
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 今年の春先に撮影しました。少し前まで雑草が多かったようですが、最近は手入れがよくされているようで、なかなか趣があります。

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 白黒写真では遠い別荘「抱鸞荘」との見分けがなかなかむずかしいところです。

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 いずれも、岩内の名家梅澤家の所有でありました。

posted by 岩内町郷土館 at 2015年09月16日14:17 | Comment(0)

ひとりごと岩内産ホップ、たべごろです。

 郷土館入り口に伸び放題のホップ。

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 そろそろ摘み時です。とりたてを、天ぷらにして食べると美味しいのだそうです。それにしても、年々枝が増えていってますね。

posted by 岩内町郷土館 at 2015年08月23日16:02 | Comment(0)

ひとりごと30年前といえば…

 国鉄岩内線が廃止になってから30年ということですが、
実はその同じ30年前、新たに岩内に誕生したのは……

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 このお方、岩内のゆるキャラ「たら丸」です。
 今や地域キャラクターは全国津々浦々で見られますが、当時、着ぐるみで町を盛り上げるキャラクターというのは画期的でした。さすが、時代を先取りするのがいち早い岩内。
 今とはちょっと面立ちが違いますが……。(^O^)
 岩内の観光、商店会、役場などあらゆる方面で大活躍しています。(r)
 

posted by 岩内町郷土館 at 2015年06月28日16:51 | Comment(0)

ひとりごとあたたかい日が続きますね〜

 実は、郷土館前庭にも、桜がひっそり咲いてました。

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 あまりうまく写りませんでした。あしからずです。お花見にいい日和が続いています。みなさんいかがおすごしですか?
 花見で一杯に、とても似合いそうなもの、収蔵展示室で発見。

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 町内のカフェーで使われていたものです。着物に白いエプロンの、かわいい女給さん姿もつい想像されますね〜。

posted by 岩内町郷土館 at 2015年05月03日16:59 | Comment(1)

ひとりごと希少価値のある文化財だけではなく……。

写真は、当館二階に収蔵展示されている「現金集金箱」。

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 各町内会で会費を集めるため、隣家から隣家へと回しました。岩内大火直後の昭和30年から、平成6年まで現役で使用されていました。

 先日来館されたあるお客様がこれを見て「こんなの子供の頃あったあった、懐かしかった」とおっしゃっていました。現在は道外にお住まいで、岩内に帰省するのは数年に一度、郷土館も「30年ぶりくらいに来た」とのこと。
 町を出てそれぞれ暮らしている元町民の皆さん、たくさんいらっしゃると思います。帰ってくるたび、町並みも少しずつ変わっていると思います。
 郷土館は、歴史的に希少価値があるなしに関わらず、そういった皆さんが年を経て、いつ帰ってきた時でも、懐かしい何かがあるという場所であれたらと思います。

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 昭和48年、岩内怒涛まつりの様子です。パレード、千人踊りとすごい盛り上がり。現在、古写真のデータ化作業が果てしなく続いています。今後も面白そうな写真があれば、どんどん載せてみたいと思います。

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 この写真、当時の役場の方の撮影と思われますが、いい写真がけっこうあります。腕のいいカメラマンさんがいたんですかね。(r)


 

posted by 岩内町郷土館 at 2014年11月04日14:36 | Comment(0)

ひとりごとホップの実、乾してみました。

 先月の、ホップ収穫祭でとれたホップの実、乾燥させてディスプレイにしてみました。

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 意外とカワイイですね。まだまだどっさり残っているのですが、子供たちが「ハロウィンのパーティーでも使う!」と言っています。何にするんだろう……?(r)

posted by 岩内町郷土館 at 2014年10月28日13:21 | Comment(0)

ひとりごと昭和初期、海軍連合艦隊の映像

 郷土館映像コーナーでは、昭和初期の珍しい映像を視聴できます。

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 当時岩内に在していた由利 雅春氏が、9ミリ半のフィルムで撮影したもので、昭和5年〜10年の映像があり、国鉄岩内線、札幌の中心街、中島公園などが映されています。
 中でも貴重なのが、昭和4年小樽に入港した、日本海軍連合艦隊の一般公開風景。

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 戦艦日向、陸奥、空母赤城など、大戦で失われた、日本屈指の戦艦の映像をご覧いただけます。

 また、昭和44年撮影の「岩内ニュースbP」。町内小型映画友の会の製作。岩内ニュースや岩内フラッシュなどでは、町内のイベントや事件、様々な映像風景を記録、今では、いいえ未来にとっても貴重な資料として残されています。
 当時の町の人の思いを感じ、今現在の写真や映像も大切に残しておきたいと思う今日この頃……。新しいカメラ買おうかなあ(r)。

posted by 岩内町郷土館 at 2014年10月23日16:43 | Comment(0)

ひとりごと色紙絵由来の謎……。

第3回企画展「アスパラガス缶製造開始90周年記念企画展」、開催中です。

 岩内町で国内初、国産アスパラガスの生産が始まったのは、大正11年のこと。下田喜久三博士の功績を主に展示している今回の企画展は、8月31日までとなっています。

 ところで。
 下田博士は、日本アスパラガス創業の功績のほか、岩内町(いやおそらく道内でも)初の職業訓練校を作られたことでも有名です。今の道立岩内高等学校の前身「北海道女子学院」。昭和11年に創立し、昭和30年に失火でなくなるまで、地域の人々に「宮園の花嫁学校」と呼ばれた校舎がありました。
 下の色紙絵は、その校舎の風景を描いたものです。

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 絵の丸型の石碑は「三母頌徳碑」今でも宮園会館の入口に残されています。
 ところが、この絵、いつ、誰の手で描かれ、どこから寄贈されたものか、情報が全くありません。
 「情山」(?)という雅号と「芳」という字の印がありますが、調べた結果、やはり作者を明らかにはできませんでした。
 もし、この絵の由来を知っている方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひコメントをお寄せください。
 お待ちしております!
 

posted by 岩内町郷土館 at 2014年08月21日15:53 | Comment(0)

ひとりごと清住に、北海道でも有数の大劇場がありました!

 今、劇場でもっとも有名といえば、札幌の四季劇場ですが、明治の頃は札幌、函館、小樽に並びここ岩内にも「二葉座」という大劇場がありました。


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 ちょうど今の清住、矢田商店のならび、もと小松湯の隣の場所です。

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 大きな回り舞台も設置した本格的な劇場、大正に入ってからは東京歌舞伎も呼ばれ、往年の松本幸四郎、市川海老蔵なども岩内でこの舞台を踏んでいます。
 劇場閉鎖、解体は昭和41年。110年の歴史がありました。この劇場を知る方がまだまだお元気かと思います。ぜひ当時のお話を聞いてみたいものです。

posted by 岩内町郷土館 at 2014年06月29日16:51 | Comment(0)

ひとりごと岩内帰厚院大仏さんの仏師・風間壮慶師の作

 手に小さなカゴを下げた、魚藍観音のお姿です。

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 その高さは13センチほど。手のひらに乗りそうな小さな、可愛らしい仏様。これを作成したのは、東京以北最大といわれる町内帰厚院の大仏を制作した、風間壮慶仏師です。風間仏師は大正八年、大仏制作のため函館より岩内に移住し、終生この地で仏師として生きた方です。社寺に限らず、師は依頼があれば一般からも制作を受け、この魚藍観音も町内のご家庭からの寄贈です。
 大きな仏様から小さな仏様まで、また名声にこだわりもせず市井の暮らしをされていたそうです。よきお人柄が、作られた仏様のお顔にも表れているようです。
 

posted by 岩内町郷土館 at 2014年06月10日16:49 | Comment(0)

ひとりごとかくれキリシタン仏と伝えられています。

 昭和46年、本弘寺より当館に寄贈された「背負仏子育て地藏菩薩像」の写真です。

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 このご像は、背負子の箱に収められ、往時これを背負って町々を托鉢で歩いた尼僧があった、という記録があります。
 昭和46年、隠れキリシタン仏の研究者で、立教大学教授であった高田茂という人が岩内を訪れて、この仏様が隠れキリシタンのものであるということがわかりました。
 正式には「木造逗子入聖母子地藏菩薩立像」。木造で彩色あざやかな同様のキリシタン仏は、日本全国にあと2箇所、新潟県十日町市松之山の松陰寺と、山形県東根市高崎の龍泉寺にあるとされていますが(S46年当時)、笈箱のまま現存するのは大変珍しいものだということです。

 制作は安政年間と推定。日本全国で徹底的に禁止、排除されていたキリシタンが、日本古来の仏様にその信仰を忍ばせて作られたのが、隠れキリシタン仏です。道内には本州から逃げてきたキリシタンの遺構、逸話が各地に残されていますが、あらゆるクニの人々が行き交ったここ岩内にも、ご制禁の宗徒が数多くいたのかもしれませんね。

posted by 岩内町郷土館 at 2014年05月18日15:22 | Comment(2)

ひとりごとニシン場親方、栄華のくらし

 ニシン場親方の調度品。今から150年ほど前に制作された、絹地総刺繍の屏風です。

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 以前の記事でも紹介しましたが、岩内町のニシン漁はかつてかなりの繁栄をきわめておりました。そして多くの漁師を雇い、数ヶ統もの建網を持ってニシン場を経営する「親方」は、大変豪華な暮らしをしていました。
 ニシンの漁獲高は、明治25年頃から大正の初め頃までは好漁で、明治33年のピークでは50,000石以上。現在のお金に換算すると、諸経費をのぞいても、年間で平均約3億円の純利益があった計算となります。

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 上の写真は、国産でもっとも歴史の古い、横浜市西川オルガン製のリードオルガンで、明治38年(1905)製造のものです。ニシン場親方が、自分の娘にプレゼントしたもの。当時の最新、流行をお金に糸目もつけず、いち早く取り入れる財力があったのですね。
 このリードオルガンは、当館寄贈となってから、町内外のたくさんの方のご支援により修理調律がほどこされ、毎年イベントやコンサートなどで現役で活躍しています。もちろん、館内で自由に触れていただき、その音色を楽しんでいただくこともできます。(子供たちには特に人気があります)

 ニシンの栄華は、昭和2年、45,000石の漁獲を最後に衰退の一途をたどることになります。

posted by 岩内町郷土館 at 2014年05月13日14:54 | Comment(0)

ひとりごととにかく、ニシンが大漁でした。

 写真は、明治時代のニシン刺し網漁の様子です。船が沈みそうなほど、溢れんばかりのニシン大漁の様子が

よくわかります。

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 上は、ニシン場親方が人を雇い、大勢でニシン漁を行った時の建網漁。模型を展示して、その漁の方法がよく分かるようになっています。このニシン建網模型は、実大の15分の1。故 酒井久蔵氏の制作です。明治のニシン黄金時代、このような建網が岩内郡には80ヵ統ほどもありました。


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 泊方面から雷電のあたりまでの海岸沿いは、ニシンという資源によって、今では想像もできないほど活気に満ち溢れていました。展示では、漁から加工、そして日本全国へ送られていった、岩内のニシン産業の詳しい様子がご覧になれます。




posted by 岩内町郷土館 at 2014年05月06日16:35 | Comment(0)

ひとりごと岩内町の縄文遺跡

 写真は、昭和49年に出土した鯨の化石です。町内の、今は繁華街となっている万代地区にて、建築工事の現場から見つかりました。

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 縄文時代の岩内の海岸線は、今よりも山側の方になっていたようです。
 また、現在は海抜25メートルほどの高さの東山地区では「岩内東山円筒文化遺跡」があり、多くの出土品が当館に所蔵、展示されています。およそ6千年〜3千年もの昔、この浜にいた人々の暮らしの跡。
 さてこの土のお面、何を語りかけているんでしょうね……。

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posted by 岩内町郷土館 at 2014年04月29日14:33 | Comment(0)