岩内町郷土館ブログ

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ひとりごと郷土館の大きな油彩画の由来

「安政三年四月二十七日 松浦武四郎アイヌの人たちスイド、サケノカロ、和人庄内塩越村常吉、松前富次郎の四名を伴い磯谷より雷電難所を越えて岩内の地に立つ」……岩内出身、山岸正巳画伯の油彩画700号、畳五枚分の大きさです。

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 郷土館は昭和45年に完成、翌46年5月に開館しました。この二年前から町の文化財保護委員会の方では郷土館にふさわしい絵を、という計画が進められており、最終的には当時委員長だった佐藤彌十郎さんの意向から町の歴史にゆかりのあるものを、ということになり具体化したのが、江戸時代末期に町を訪れた松浦武四郎をモデルとして描くということになり、これを受けて教育委員会が昭和48年夏、山岸画伯に依頼したものです。武四郎の紀行文『西蝦夷日誌』を題材に制作がすすめられ、約一年半、ようやく出来上がった油彩画は横4.5メートル、縦1.9メートルでキャンバスサイズでは約700号の大作です。

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(雷電刀掛岩、港に入る弁財船など細かい描写も見どころです)

 雷電地区から岩内に足を踏み入れた武四郎と案内人従者たちが描かれており、朝日が市街を照らし全体に明るい色調の作品です。公開を前にして文化財保護委員の見守る中で郷土館(旧)の階段上部の壁に飾られたが全員満足そうに見守りました。又制作にあたった画伯も「ようやく肩の荷が降りた気持ちです」と話したそうです。

 そこでこの絵についての裏話をご紹介しましょう。

 まず最初は、この作品を描かれた頃は、アイヌの人たちの人権問題が大変きびしく取り上げられていた時でした。従ってこの作品の制作に当たってはアイヌの人たちの衣服履物等の時代考証に研究を重ねられ、手に持つ弓は武人としての権威、案内人としての立場など十分配慮して制作されたそうです。
 つぎは武四郎一行の立ち止まっている背景には枯葉のたくさんついている灌木があります。
 この木はカシワの木とかドングリの木とも言っていますが、この枯葉はなかなか風に強く落ちそうで落ちません。いつ見ても枯葉がついております。そして落ちたと気付いた時にはすでに若葉がついているといった具合です。そこでアイヌの人たちが和人から借金をする時は、決まって返済の期限を「あの木の葉の落ちるまで」と言ったのだそうです。
 十個の品物を数えるのに「始まり終わり」をつけいつも十二個を騙し取られる和人に対し、せめてものお返しとしてアイヌの人たちが知恵を使ったものなのでしょう。

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(郷土館友の会会報bQ1より抜粋編集して掲載しました・r)

posted by 岩内町郷土館 at 2016年11月17日16:17 | Comment(0)

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