岩内町郷土館ブログ

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お知らせいよいよ7月7日(土)より!企画展「松浦武四郎と岩内地方」

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 安政4年(1857)蝦夷地をくまなく探検、調査していた幕府御雇人松浦武四郎は、5月9日イワナイへ向かい、イソヤより雷電山へ入りました。
 その時、雷電峠に佐右衛門という樵の男がおり、話をきけば
「自分は昔から山稼ぎをしていたものですが、山中で羆の難に遭ったことが一度もありません。これは日頃熊野権現様を深く信仰しているおかげです。それでぜひともこの辺りに、熊野様をお祀りする社を建てたいのですがいかがでしょう」と。
 武四郎は「それこそ私も同じ思いである」と、奉行に熊野神社の建立を上奏しようと話します。
 そこで一通の手紙をしたためてこの男に渡し、近いうちに御奉行様一行がここを通るから、その折に、家来衆にそれを渡すように言い、岩内へと向かったのでした。
 5月18日、函館奉行堀利熙(ほりとしひろ)蝦夷地巡見の一行が来ました。『堀奉行随行録 蝦夷地・樺太巡見日誌 入北記』の中で、その当時のことを著者の玉蟲佐太夫がこう書いています。
「我に向かい一封の書を差し出す者あり、その名を見ると松浦武四郎の書であった。何故と開き見れば、この男は数年来、樵(きこり)を生業として山稼ぎをしているが、一度も熊の害にあったことがない。かねてより熊野権現を信仰しているからだといい、熊野権現社をここに建てたいそうなのでこれを鎮台(奉行所)へ願い出て欲しいとのこと」
 すぐにこのことを鎮台(堀奉行)へお伝えすると、鎮台はことのほか喜び、付近の土地と金千疋(2両2分)を佐右衛門に賜りました。
 写真の扁額の「熊野」は、安政4年11月、松浦武四郎の願い出により、堀奉行が揮毫したものです。裏書は、竹四郎の直筆です。

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(安政3年 松浦武四郎雷電越えの大油彩画)





posted by 岩内町郷土館 at 2018年07月01日09:46 | Comment(0) | TrackBack(0)