岩内町郷土館ブログ

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お知らせ5月30日より「縄文時代の岩内」

平成29年の第二回企画展は、縄文時代を展開します!

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 岩内東山遺跡は、昭和31年に初めて本格的な発掘調査が行われ、昭和43年には北海道の指定文化財となっています。
 今回は北海道埋蔵文化財センターさんのご協力も得ながら、岩内というまちの地下に眠る、大規模な古代の歴史に光を当てる企画展です。

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「大規模」なんです。専門家のお話によると、青森の三内丸山遺跡にも匹敵する集落があったかもしれないとのこと。平成13年〜15年に発掘調査が行われた際、出土した遺物は十万点を超え、住居跡などの遺構が30基以上発掘されました。現在のところ新しい調査が行われていないので、その全容はわかりません。が、平成22〜28年調査により、文化財指定の区画が旧調査で決定されていたものとずれがあるということが分かり、今年3月、新たな区画に指定変更が行われました。「文化財指定のお引越」との新聞報道がありました(道新後志版4/7)。

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 新聞で「えええ岩内にそんなのがあるの?」と、初めて知った方もおられるかもしれません。そのくらい岩内の遺跡は東山の高台のかたすみに今ひっそりと眠っています。
 岩内の考古学は、実は明治大正の頃から始まっていました。まだ舗装道路など無かったころは、そのへん至るところに、ごろごろと土器片が落ちていたそうで。次第に学術的に収集、研究しようという気運が高まっていました。
 昭和28年には、北大の名だたる教授、研究者も岩内入りしています。高倉新一郎、更科源蔵、知里真志保など、そして今では北海道考古学の礎となっている大場利夫教授も。
 しかし! 一気に加速するはずの岩内遺跡発掘調査は大きく頓挫してしまいます。昭和29年の岩内大火です。
それまでの資料はほとんど消失、散逸。そして人の心も遺跡どころではありません。

 東山には罹災者のためのブロック団地が建設されることになりましたが、その基礎工事でもどんどん土器石器が出てきます。貴重な遺跡の存続を案じ、なんとか保存をと動き出したのは町の民間の研究者達でした……。

 企画展では、当時の町の人たちがどんな思いでこの遺跡を守り続けるに至ったのか、歴史とともに感じ取って頂けると大変嬉しいです。 (r)




posted by 岩内町郷土館 at 2017年05月28日02:53 | Comment(1)

できごと5月、郷土館で見つけたもの。こんなところにー!

 寒い日が続きますね〜と思っていたら今日、ホップのツルがにょきにょき伸びているのを発見。年々大きくなっているように感じます。

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 発見といえば、今回の企画展は「郷土館お宝・珍品展」。ポスターのうたいには「おもしろ発見!郷土館」ということで、ちょっと展示物の中より面白い発見をば。

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 企画展示の中に大きな木皿、ご覧になりましたか。継ぎ目なく一本の大きな木株より削られたものです。むかしの人の手作業は本当に素晴らしいですね。
 その表面に「やまき」という屋号が刻まれているのを発見。この屋号は明治期岩内のにしん漁大親方、濱喜三郎のものです。人呼んで「やまきの殿様」大変豪華な暮らしをしていたがにしん不漁とともにあっさり没落という天国と地獄の典型を、屋号とともに町史に刻んでおります。

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 第二展示室のガラスケース。床掃除途中ふと見れば、こんなところに「(屋号いりかせ)工藤守 寄贈」とかいてあります。
 いりかせはかつてあった「料亭うきよ」。現在のうきよ通りの名はここからはじまります。料亭、ホテル業、岩内の繁華街では古くから歴史のあった屋号です。おそらくは郷土館が昭和46年に開館の時、寄贈されたものです。
 中身もさることながら、ガラスケースも年代もの(笑)。
 そして、この郷土館には開館から現在にいたるまで、たくさんの一般町民の方の思い入れとご協力があったのだと感じます。


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 本日また新たに寄贈品がありました。
 島野の漁師の大親方、小塚漁場で使われていた立派な御膳です。

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 ありがとうございました。


posted by 岩内町郷土館 at 2017年05月17日16:49 | Comment(1)