岩内町郷土館ブログ

岩内町郷土館でのイベントやお知らせ、
岩内町に関する情報や岩内町の様子などを発信しています。

お知らせ「梅澤日記」刊行準備中です!

 明治〜大正〜昭和の岩内に名をはせた豪商梅澤家、その番頭格が書き残していた日記がこのたび印刷出版されることになり、たくさんの画像資料を準備中です。この日記は大正の記録であり、この時代の岩内の町の様子、梅澤商店の様子が細かく記されている貴重な資料です。

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 梅澤市太郎(六兵衛)は、初代と七代の岩内町長をつとめた人物です。漁業振興はもちろん、学校建設、消防、警察署等の公共事業、多くの文化人の来岩など、岩内繫栄の基礎を築く多くの功績を後世に遺しました。今に残る名園「含翠園」も、元は梅澤家の別荘地です。

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(梅澤市太郎肖像)

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(左:梅澤商店本店の建物。マル平の屋号の暖簾がかかる。右:梅澤味噌醤油醸造所)

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(神社参道途中にある含翆園)

 みなさんぜひ刊行をお楽しみに〜!(r)

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posted by 岩内町郷土館 at 2018年02月19日16:38 | Comment(0) | TrackBack(0)

お知らせ松浦武四郎が岩内に伝え遺した堀奉行筆「熊野」の扁額

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(堀利熙筆「熊野」扁額)
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(裏面にある松浦武四郎の添書き)


 安政4年(丁巳ひのとみ 1857)、蝦夷地をくまなく探検、調査した幕府御雇人松浦武四郎の『丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌(上)』によると、五月八日イソヤより雷電山に入り、険しい山谷を難儀して越え
「温泉小屋えぞ着したり」とあります。
 この温泉は、岩内運上屋佐藤仁左衛門が発見し、小屋を建てて番人を置き、山越えをする旅人の休憩所としたものでした。
 ここへ到着した松浦武四郎、この温泉の番人に一つの依頼を受けます。
「自分は昔から山稼ぎをしていたものですが、山中で羆の難に遭ったことが一度もありません。これは日頃熊野権現様を深く信仰しているおかげです。よってぜひともこの番屋の辺りに、熊野様をお祀りする社を建てたいのですがいかがでしょう」と。
 武四郎は「それこそ我も同念」と、この雷電難所にありながら、通行する人々の助けになるであろうこの温泉小屋に、霊験あらたかな熊野神社の建立を上奏しようと申し出ます。
 そして一通の手紙をしたためて、この番人に残し置き、いずれ奉行所の役人がここを訪れる時があるから、その人に手紙を渡すように言いこの温泉を後に。岩内へと向かったのでした。

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(岩内町郷土館蔵 松浦武四郎雷電越えの大きな油彩画)

 さてその手紙はどうなったか。
 同じ安政四年の五月十八日、この温泉小屋を訪れたのは、函館奉行堀利熙(ほりとしひろ)の蝦夷地巡見の一行でした。
『堀奉行随行録 蝦夷地・樺太巡見日誌 入北記』の中で、著者の玉蟲佐太夫がこう書いています。

「我に向かい一封の書を差し出す者あり、その名を見ると松浦武四郎の書であった。何故と開き見れば、この番人は数年来樵(きこり)を生業として山稼ぎをしているが、一度も熊の害にあったことがない。かねてより熊野権現を信仰しているからだといい、熊野権現社をここに建てたいそうなのでこれを鎮台(奉行所)へ願い出て欲しいとのこと。
 すぐにこのことを鎮台(堀奉行)へお伝えすると、鎮台はことのほか喜び、かかる所に一人住し、実に感心である、熊野権現社建立については何の差支えもないので、さっそくそのように伝えよ、と」

 そしてその年の十一月に、堀奉行が染筆した「熊野」の扁額がこの温泉小屋に贈られ、寿都と岩内の境にある温泉小屋には、熊野神社が祀られたのだそうです。今から161年前のお話です。

 堀織部正利熙筆の「熊野」の扁額は、時を経てかつての島野神社に奉納され、島野神社が岩内神社へ合祀された現在は、岩内町郷土館にて収蔵展示されています。
 重厚な額板に残る力強い筆の跡に、歴史の深さと重みを感じます。

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(平成30年1月 敷島内より雷電方面。武四郎の時代にも同じ景色があったかも?)



 

posted by 岩内町郷土館 at 2018年01月17日16:02 | Comment(1) | TrackBack(0)

できごと平成29年度郷土館は冬季休館になります

12月1日〜平成30年4月2日まで、岩内町郷土館は冬季休館となります。

本年度もたくさんのご来館者がありました。皆様本当にありがとうございました!
来年度は4月3日(火)午前9時〜開館となります。
平成30年は北海道150年、記念の年。
岩内町郷土館でも関連企画をたくさん準備して
みなさまのお越しをお待ちしております。
来年度もどうぞ宜しくお願いいたします。

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(今年は早い冬の到来。時化てますよ〜)

posted by 岩内町郷土館 at 2017年11月30日12:00 | Comment(0) | TrackBack(0)

できごとにしん漁の遺産、郷土館保津船もそろそろ冬支度

 郷土館の本年度の営業も(ぱとりあ岩内はNPOなので非営利なんですが)残すところあと二週間あまり。12月より翌年3月までは冬季休館となります。
 冬にむけて、屋外展示の保津船は冬囲いされることになります。雪は少ないのですが、並ならぬ強風の吹きすさぶ冬の岩内。がっちり固定して備えます!

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 ところで、去る11月2日、町内の寺院、光照寺さんより寄贈品がありました。ご覧の通りの大きな大きな米樽! お寺に奉納された新米を入れるのに使用していたのだそうです。

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 お風呂になりそうです(笑)。

posted by 岩内町郷土館 at 2017年11月15日10:30 | Comment(0) | TrackBack(0)

できごと100年オルガン、しっかりメンテナンス

 郷土館の国産最古のリードオルガンは、今年も調律師の井筒先生にお越しいただき、しっかりメンテナンスをしていただきました。柔らかな音色、いつでも自由にご来館の皆さんに楽しんでいただけます。

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 明治38年製(1905)横浜西川リードオルガン。そもそもなぜ岩内にと思われる方がまだまだ多いかと思われますが、当時ニシンの黄金時代だった北海道岩内。西洋文化の花開く豊かな港町だった様子がうかがえます。

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 このオルガンの価値を見出したのが、他ならぬ調律師の井筒先生でありました。
 当時郷土館に収蔵されていた古いリードオルガンは、壊れて白布をかけられていたそうです。井筒先生は平成12年4月から、半年あまりの時間をかけて修復されました。

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 修復の過程で見つかった製造番号から、それまで最も古いとされていた横浜開港資料館収蔵のオルガンの、4年前に作られたということがわかります。国産最古のリードオルガンとして、たくさんの町の人々の協力も得ながら、眠ったまま90年以上過ごしてきたリードオルガンは岩内町の大切な宝となりました。

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 今年で112歳を迎えた郷土館のリードオルガン、ぜひみなさん弾きに来てくださいね!(r)


posted by 岩内町郷土館 at 2017年11月07日16:48 | Comment(0) | TrackBack(0)

お知らせ第4回企画展「夏目漱石と岩内」開催中です〜11月19日(日)まで

第四回企画展、好評開催中です!
岩内町にある「文豪夏目漱石立籍の記念碑」。今は住宅街の一角ですが、今からおよそ125年前、この場所は岩内で一番の繁華街でした。

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岩内古宇郡役所、警察署、たくさんの商店、そして遊郭も。明治23年の大火と昭和29年の大火、長い歳月のうちに、写真のような元の風景は無くなりましたが、この変形十字路は現在も残っています。港を背に交差点に立つと、明治時代と同じ道路の様子と、ずっと変わらぬ岩内山を望むことが出来ます。

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そして夏目漱石は明治30年にもう一度、岩内町内で戸籍を移します。それが現在の警察署と消防署の付近です。岩内警察署は明治23年にこの場所に設置されて以来、現在まで一度もその場所が変わっていません。

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夏目漱石の戸籍の謎を追いながら、100年前の岩内町の姿をぜひ見て頂きたいと思います!(r)

posted by 岩内町郷土館 at 2017年10月11日17:09 | Comment(0) | TrackBack(0)

できごと茅沼炭鉱の草創期を造った、薩摩人伊地知季雅

 今回の企画展「進取の気質を育てた茅沼炭鉱」は、そろそろ終了となりますが、この時期になって明治の炭鉱の大功労者、伊地知季雅の東山墓地内にある墓碑をようやく発見いたしました!

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 伊地知季雅(いじちすえまさ)氏は鹿児島県士族。炭鉱業の経験者として九州から北海道へ、茅沼炭鉱に出仕したのは明治五年のことでした。

 北海道初の茅沼炭鉱、開拓使は明治以前より発見され、何度か断念された炭鉱業を今度は成功させようと多大な期待を寄せます。伊地知氏はそれにこたえ見事に事業を成功させ、炭鉱経営を再興させました。しかしその激務がもととなり、明治11年四十三歳で急逝します。

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 明治13年に建立された墓碑は、身内の少ない北の地でやがて訪れる人も無くなっていき、倒れて草むしていましたが、昭和6年郷土研究家佐藤弥十郎氏が偶然発見、これを新たに建て直し後世に伝えられるといういきさつが、佐藤氏の著書『余滴』に書かれています。

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(裏に刻まれていた碑文はもうほとんど見えません)

 展示日数はわずかですが、館に収蔵されているこの墓碑の拓本をこのたび展示します。9月最後の連休、興味のある方、ぜひお越しください!


posted by 岩内町郷土館 at 2017年09月22日21:24 | Comment(1) | TrackBack(0)

お知らせ猫写真コンテスト、写真募集中です!

本年度第四回企画展に合わせて、猫写真コンテストを開催します。
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岩内町郷土館第4回企画展(平成29年9月30日〜11月19日)
夏目漱石生誕150年 岩内転籍125年記念「漱石と岩内展」伴走企画といたしまして

猫写真コンテスト「我輩の、猫である」を開催いたします!

 皆様は文豪夏目漱石が明治25年から大正3年まで、戸籍を当時の旧字名「岩内町吹上町十七番地」に転じ、戸籍上は23年間岩内町民であったという不思議な御縁をご存知でしたか?

 岩内町郷土館ではこの「縁」をひもとく企画展を9月30日(土)より開催いたします。これに合わせ、かの名作に因み全国各地の「我輩猫」写真を募集し、パネル展示を予定しております。皆様のご応募お待ちしております!

募集要項はコチラ↓↓↓

○猫規定……投稿者が愛を感じた猫写真。投稿者さんが任意で一緒に写ってもOK。(その際夏目漱石的なヒゲがあるとポイント高し)
○応募方法……猫さんのお名前とプリント写真を郵送。またはFacebook「我輩の猫である」岩内町郷土館第四回企画展「漱石と岩内」連携猫写真コンテストにて画像を投稿。(送られた写真は郷土館でデータ化し大きさの加工をすることがあります。
○応募者のご氏名ご住所、連絡先電話番号を合わせてお知らせ下さい。写真展示の際に紹介させていただきます(例○○町△△さん家の☆☆ちゃん)。FB投稿の方はMessengerにてお知らせ下さい。この募集は日本全国に公開しています。「Messengerに送信」ボタンで、ご連絡先と写真を再度添付し送信をお願いします。エントリー確認を返信いたします。なお展示の際匿名を希望の方は対応いたしますー。その旨お知らせ下さい。

または下記メールアドレスにても受け付けておりますー。

○募集期間……平成29年8月20日(日)〜9月15日(金)締切。
(但し応募件数が200件に達した場合は応募受付終了。または公益に反する等不適切な応募については取消とする場合があります)

○応募された猫さんたちの写真は、郷土館第4回企画展にてパネル展示。さらに全応募の中から「猫である」最優秀賞1ねこ、および優秀賞2ねこを選出し、発表いたします!
○副賞……最優秀賞および優秀賞に賞状および、岩内町老舗の名産品をお送りします。

○審査員……うえかわちさとさん(猫かめらにゃん)、郷土館坂井館長、吉田奏美さん(なまら岩内写真部)

大丸2郵送先……〒045ー0022 北海道岩内郡岩内町清住5ー3
      岩内町郷土館「我輩の、猫である」写真コンテスト係  
大丸2メールアドレス:iwanaikyoudokan@gmail.com

よろしくおねがいいたします!

posted by 岩内町郷土館 at 2017年08月31日17:12 | Comment(1) | TrackBack(0)

お知らせ岩内魂「進取の気質」を育てた茅沼炭鉱

 7月25日(火)より第三回企画展「茅沼炭鉱採炭160年 進取の気質を育んだ茅沼炭鉱」が開催されます。

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(明治29年北海立志編より)

 幕末安政3年に燃える石「石炭」が茅沼で発見されました。折しも函館開港の翌年、函館奉行所は入港してくる外国船に燃料を補給する必要に迫られておりました。茅沼からはじめて掘り出され、岩内港に運び出された石炭は叺(かます、わらむしろで作った袋)に詰めた20〜30。
 小さな漁村であった茅沼には外国人技師が次々とやってきて、日本で初の鉄軌道が敷設され、岩内港までの石炭輸送には架空索道で空を飛んできたというオドロクような歴史もあります。

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(昭和10年代、発足から岩内港間を通っていた架空索道。石炭が0.3トン入るバケットが400個往復していた)

 そしてどの炭鉱にも同じように訪れる石油時代の波にのまれて、昭和44年に茅沼炭鉱は閉山となるのですが、実は北海道炭鉱のどこよりも規模の小さな炭鉱でありながら、浮き沈みの激しい100年以上の歴史を有しているのです。今年平成29年は、安政4年(1857)石炭採掘から160年目にあたります。

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 明治のご維新より、この茅沼炭鉱〜岩内港開発に関わった開拓使お雇い外国人は10人余り。新しいもの珍しいものを、どんどん取り入れていくことを好む「進取の気質」と言われる岩内魂は、ここからはじまったともいわれています。また、茅沼炭鉱の歴史を調べると鉄道の歴史と岩内港の歴史にも繋がってく。これがまたオモシロイ!

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(昭和30年代の茅沼地区)

 戦時下の炭鉱には目をそらしてはならない「影」の部分も。前、北海道開拓記念館の資料などを元に、歴史には必ずある「光」と「影」の両方を展示する予定です。

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(平成29年現在の茅沼に見えるズリ山)

 岩内町内はもちろん、泊村のみなさんにもぜひご覧いただきたい、懐かしい写真もたくさん出てきました!
是非見にいらして下さいね〜!(r)



posted by 岩内町郷土館 at 2017年07月19日14:04 | Comment(0) | TrackBack(0)

できごと今年の岩内神社祭

日本海沿岸、岩内町の神社祭が今年も無事やってきました!

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三日間の日程のうち、必ず一回は雨に見舞われるだろうというジンクスが、今回は持ちこたえましたー。暑い太陽の下、皆様本当にお疲れ様でした。
毎年同じことが繰り返される…これほど泰平なことはありません。そして200年の歴史が一つまた、次世代へ。

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岩内町郷土館も、まちの思いの詰まった一つの箱です。最期の神社までの行列のスタートとしてふさわしい位置にあるということなのでしょうか。感慨深くお迎えし、見送りました。ありがとうございました!

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来年もまた、同じく繰り返されることを祈りつつ。

posted by 岩内町郷土館 at 2017年07月13日00:40 | Comment(0) | TrackBack(0)